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法 話
☆☆
【 私の如是我聞 】
第93回
本願のたしかさを
更新
2019年5月
『
慶
(
よろこ
)
ばしいかな、心を
弘誓
(
ぐぜい
)
の
仏地
(
ぶつじ
)
に
樹
(
た
)
て、
念
(
おもい
)
を
難思
(
なんじ
)
の
法海
(
ほうかい
)
に
流
(
なが
)
す』
【「教行信証」】
このところ、人間の 「
確信
(
かくしん
)
」というものが、いかにもろく、当てにならないものかを知らされることが多すぎます。
ソ連のチェルノブイリ原子力発電所が爆発し、大量の放射能が流出して世界の人たちに大きな不安を与えたことは、記憶に新しいことであります。
また、日航機墜落や、スペースシャトル爆発など、現代の科学技術のレベルから言えば、考えられないようなことが相次いで起こりました。
原発事故は計算の上からいえば、一万年に一回という確率だと言われていたそうであります。
スペースシャトルの場合は何百万分の一とか言われる可能性であったというのです。
たしかに科学・技術の理論の上や、統計上の数字からいえば、まことに完全そのものであったのでしょう。
しかし、その「力」を運用する人間の不完全さ、不安定さに対する誤差が見落とされていたと言わねばなりません。
さらに今度の一連の事故の裏には国のメンツというか権威主義的思考というか、威信にかけて科学の力を見せつけようとする 自我中心的発想がかくされていることも見破る必要がありましょう。
思えば、人間を尊重するということと人間の欲望を野ばなしに生きるということは違うということであります。
そこに人間が教えの鏡の前に立ち、ほんとうの すがたを知らせていただき、そして その不安定な人間に確かな依りどころとなる大地に めざめさせる はたらきがあることを うなずくべきであります。
このような時、ここに掲げた法語の深さを思わずにはおれません。
そこには人間の不完全さを謙虚にうけとめ、
如来
(
によらい
)
の
本願
(
ほんがん
)
の大地に
樹
(
た
)
たしめられるという、ほんとうの依りどころを もちえた 人間の確かさと
発達
(
はったつ
)
したときもないと思われます。
慶
(
よろこ
)
びがあります。
人間の「確信」が「過信」となって滅びの方向を とりがちな人間の実態を見すかして仏の絶対力に よみがえって生きぬくのか、 まさに「道」を選ばねばならない時であります。
比叡
(
ひえい
)
の山林の間から光の中で、自らの心の どん底まで照らされて
凡夫
(
ぼんぶ
)
であることに めざめられた
聖人
(
しょうにん
)
が、
阿弥陀如来
(
あみだにょらい
)
の
弘誓
(
ぐぜい
)
の大地に
樹
(
た
)
たしめられた そのこころが 「
慶
(
よろこ
)
ばしい
哉
(
かな
)
」という
語調
(
ごちょう
)
のひびきで
伝
(
つた
)
わってくるようであります。
どこまでも、人間の
危
(
あや
)
うさと、激しく変わる生きざまを ごまかしなく
告
(
つ
)
げ、そのものにこそ かけられた
本願力
(
ほんがんりき
)
の確かさ、そして いのちを
尽
(
つ
)
くしてゆく道があるということを
述懐
(
じゅっかい
)
された
法語
(
ほうご
)
だと うかがわせていただくことであります。
み教えと人生が、深くかかわっていることを深く味わいたいものです。
※『真宗法語のこころ』 中西智海 師
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