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法 話
☆☆
【 私の如是我聞 】
第174回
光に
照
(
て
)
らされた人生
更新
2026年2月
『おのおの
十余箇国
(
じゅうよかこく
)
のさかひをこえて、
身命
(
しんみょう
)
をかへりみずして、たずねきたらしめたまふ
御
(
おん
)
こころざし、ひとへに
往生極楽
(
おうじょうごくらく
)
のみちを
問
(
と
)
ひきかんがためなり』
【
歎異抄
(
たんにしょう
)
】
人生は道なり、道とは、自らの責任において歩むものなり、行き方に光がなければ歩まれないもの、これ道なり- と口ずさんでみたことがあります。
この法語、すなわち『歎異抄』第二章の言葉は、そのことを教えてくだされ、人間のいのちと人生のありかたを的確に言い当ててくだされた法語であります。
八十歳を超えられた親鸞聖人が、人生の問題や悩みを背負った同朋たちを迎えられ、おもむろに口を開かれたこの言葉はまさに一字一涙の法語であります。
あなたがた、一人ひとりが十以上の国ざかいを超えて、いのちがけでたずねてくださった目的は、ただただ浄土・真実の世界へ向かって生きる道を問いたずねようとするためです-とのお言葉です。
いのちがけ「身命をかへりみずして」という言葉の背後には、なまなましい現実があります。
すなわち、覚信坊という弟子が京都にのぼる途中「ひといち」というところまできたときに病にかかったのです。
まわりの同行たちは一度、下野の国へ帰ったらどうかと言うと、覚信坊は「死するほどのことならばかへるとも死し、とどまるとも死し候はむず(中略)
同じくはみもとにてこそおはり候はば、おわり候はめ(善性本御消息)」と言って、京にのぼったというのです。
このように覚信坊のような弟子たちを「たづねきたらしめたまふ御こころざし」と迎えられた聖人でありました。
「しめ」も「たまふ」も「御」も、まぎれもなく敬語であります。
如来の本願によびかけられているもの同士、本願力によって仏に成らせていただくもの同士という聖人のご信心は、そのまま、すべての人への態度、すべてのものへの見方を
示唆
(
しさ
)
しておられるのであります。
如来の前にはすべてのものが平等であるとの人間観と世界観がひらけ、その通りの生き方が表明されています。
そして、人生の問題を背負うている弟子、いや背負っていればこそ、いのちそのものを解決する浄土の道をただただ問いたずねるためであったなぁと抱きあげられたのでありました。
親鸞聖人には、この生まれ難い人間に生まれさせていただいたのは、この人生の道は、闇であってはならない、目標なきあてなき道であってはならない、まさに如来の本願と説かれる真実に
遇
(
あ
)
うための人生でありました。
如来の本願にうなずいたものは、その時から、浄土に向かって生きる人生の道がひらけるのであります。
浄土へ向かう人生の道は、浄土からの光に照らされた人生の道でもありました。
※『真宗法語のこころ』 中西智海師
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