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法 話
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【 私の如是我聞 】
第162回
仏法領
(
ぶっぽうりょう
)
の物
更新
2025年2月
『蓮如上人、御廊下を御通り候て、紙切れの落ちて候ひつるを御覧ぜられ、
「
仏法領
(
ぶっぽうりょう
)
の物をあだにするかや」と仰せられ、両の御手にて御いただき候と云々。
総じて紙のきれなんどのやうなる物をも、仏物と思召し御用ひ候へば、あだに御沙汰なく候」の由、前住上人御物語候ひき。』
【
蓮如上人御一代記聞書
(
れんにょしょうにんごいちだいきききがき
)
】
お互い人間は経済的に不如意の時はケチケチしますが、反対に少し余裕が出来てきますと、すぐに昔の苦しかったころのことを忘れて、見栄のために、派手な使いが多くなったり、 むだ使いが多くなってしまいます。
こういう人たちに意見をしますと、たいてい、自分のもうけた物なら、自分でどう使っても勝手ではないか、というのが普通です。
こういう人の気持ちは
甲斐性
(
かいしょう
)
のないものは、イモでも食べていたらいい。
甲斐性
(
かいしょう
)
のあるものは毎日料理屋からご馳走を運ばせようと、どうしようと勝手に贅沢したらいい、ということになります。
ところで、お互い、隣近所を見まわしてみて、家の中が、こんな具合でいつまでもうまくいくでしょうか。
冥加
(
みょうが
)
につきるといいますか、物のいのちをそまつにすることは、人の心を粗末にすることに通じます。
これは、考え方のどこか基本のところで間違っているからではないでしょうか。
蓮如上人が「仏法領の物をあだにするかや」と仰せになったのは、何もけちんぼうでそう言われたのではありません。
蓮如上人は若年の時こそお困りになりましたが、晩年には大教団をきずかれたのです。
しかし、物が自由になるからといって、物のいのちを粗末にしてはならないといわれているのです。
貧しくても卑屈にならず、金を持ってもおごらず、この世の財に淡々たる態度を持ちながら、それを大切にし、歴史を動かす大きな仕事を成し遂げられた上人の基本的な態度を 学びたいと思うのです。
それが阿弥陀如来への信仰に根ざす考え方であることは明らかです。
いかに消費ブームとはいえ、物を大切にするということの美徳であることには変わりはありません。
※『ひかりの言葉』
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