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法 話
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【 私の如是我聞 】
第160回
愛語よく回天の力ある
更新
2024年12月
『むかいて
愛語
(
あいご
)
をきくは、おもてをよろこばしめ心をたのしくす。 むかわずして愛護をほ聞くは、肝に銘じ魂に銘ず。 愛語よく
回天
(
かいてん
)
の力あることを学すべきなり。 ただ能を賞するのみにあらず。』
【
正法眼蔵
(
しょうぼうげんぞう
)
】
これは道元の言葉です。仏教学では「和顔愛語」といって、なごやかな顔、やさしいことばをもって日々の生活をいとなむことがおしえられています。
その「愛語」というのは、ただたんに「やさしいことば」というのではありません。
ただ相手をほめるだけのことではありません。
たしかに、私たちはそれがお世辞であると分かっていても、自分がほめられるのは悪い気持ちではありません。
しかし、「愛語」というのは、そんな功利的なことを目指しているのではないのです。
ほんとうに相手の心のなかに入っていくことば、相手の心の深いところに微妙な感動を与えることのできることばのことです。
そういうことばにしてはじめて、相手を心から力づけ、こわばった顔を自然とほころばせることができるのです。
まして、そういうことばを、面とむかってではなく、間接に聞いたときには、肝に銘じ魂に銘ずるほど感動させられるものです。
まことに人情の機微と、ことばの大きい力と道破して余りない名言だと思います。
なお、この「愛語」は
四摂法
(
ししょうほう
)
といわれるものの一つです。
四摂法とは菩薩が衆生をすくうために、まず衆生を慈悲の手のうちにおさめて護る四つの法のことで、布施、愛語、利行、同事の四つから成り立っています。
布施とは、布はあまねく心がゆきわたること、施は人を恵むこと、つまり衆生を
利益
(
りやく
)
し、親しませて道に入れることです。
利行とは、身と口と意との善行によって衆生を利益して、親しませて道に入れることです。
同事とは、姿をかえて人に近づき、衆生としごとを同じくして、親しませて道に入れることです。
人の心は転じがたいものです。
どんな小さな布施、どんなささやかな愛語でも、それが人の心を転ずるものになったら、すばらしい行為であるといえましょう。
そのためには、たとえば人間界に生まれた釈迦如来が、人間と同じ姿をとられたように、同事ということがなければなりません。
他を自分のなかに取りこむほどの心がほしいものです。
※『ひかりの言葉』
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