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《 聖典の講座 》
『無常迅速 生死の事大なり』
第158回
蓮如上人御一代記聞書
(
れんにょしょうにんごいちだいきききがき
)
新釋
更新
2024年10月
(29) 安城の御影
明応六年四月十六日御上洛にて、その日、御開山聖人の御影の正本、あつがみ一枚につつませ、みづからの御筆にて御座候とて、 上様、御手に御ひろげさふらひて、みなに、おがませたまへり。
この正本、まことに宿善なくては拝見まうさぬことなりと、仰られ候。
【意訳】
明応六年四月十六日、蓮如上人は堺から
御上洛
(
ごじょうらく
)
なされて、その日、御開山聖人の御影の
正本
(
しょうほん
)
すなわち
安城
(
あんじょう
)
の御影、
丁寧
(
ていねい
)
に厚紙一枚に包んであるのを、上人は自分の手で御ひろげになり、 「この上下にかいてある
御銘
(
ごめい
)
は御開山聖人の
御真筆
(
ごしんぴつ
)
であらせられる」と説明して、一同の衆に公開しておがませなされた。
「この安城の御影の正本は、とりわけて
宿善
(
しゅくぜん
)
がなくては拝見のできることではない」と仰せられた。
【解説】
安城の御影は建長七年に
朝圓
(
ちょうえん
)
の描いた親鸞聖人の
寿像
(
じゅぞう
)
である。
そのとき聖人は八十三歳であった。上下に聖人は御真筆をもって銘をしるされてある。
ここに「みづからの御筆にて候」とあるのは、この銘のことを申されたのである。
それが直弟子の
専海
(
せんかい
)
に授与されたので、専信の
開基
(
かいき
)
である。
三河の国安城
(
みかわのくにあんじょう
)
の
願正寺
(
がんしょうじ
)
(現今の三河のへこし願照寺)に相伝せられたので 「安城の御影」と称するのである。
蓮如上人の時代にこの御影をとりよせて、ニ幅の
模本
(
もほん
)
をつくられ、一本は山科の本願寺に、一本は
富田
(
とんだ
)
の
教行寺
(
きょうぎょうじ
)
に安置された。
そして正本は三河の願正寺へおかえしになった。
ところが、のち実如上人の御代に、その正本を願正寺から本願寺へ寄進したので、爾来、本願寺に
襲蔵
(
しゅうぞう
)
されることになったのである。
この条にあらわれている正本は願正寺へ返される以前であった。
そして「あつがみ一枚につつませ」とかいてあるのは、正本を巻いて納めてある包紙であってそれには
「
存覚上人袖日記
(
ぞんかくしょうにんそでにっき
)
」に写してある 「
御表書
(
おんおもてがき
)
」の 「親鸞法師真影建長七歳□月八日法眼朝圓筆」ということがかいてあったものと察せられる。
蓮如上人は、これをとりよせて、
修覆
(
しゅうふく
)
までなされた。
これも御開山聖人を追慕される至情のあらわれである。
そして、これを周囲のものに拝見させられて、宿善がなくては
滅多
(
めった
)
に拝めないことであると
稀有
(
けう
)
の法悦をのべられた。
『
蓮如上人御一代記聞書
(
れんにょしょうにんごいちだいきききがき
)
新釋』
梅原真隆
(
うめはらしんりゅう
)
本願寺出版社
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本願寺出版社
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