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《 聖典の講座 》
『無常迅速 生死の事大なり』
第132回
蓮如上人御一代記聞書
(
れんにょしょうにんごいちだいきききがき
)
新釋
更新
2022年8月
(二) 山科の
法悦
(
ほうえつ
)
あさの御つとめに、いつつの不思議をとくなかより尽十方の無碍光は、無明のやみをてらしつつ、一念歓喜するひとを、かならず滅度にいたらしむ、 と候段のこころを、御法談のとき、光明遍照十方世界の文のこころと、また月かげのいたらぬさとはなけれどもながむるひとのこころにぞすむとあるうたをひきよせ 御法談。
なかなかありがたき、もうすばかりなく候ふ。
上様御立の御あとにて、北殿様の仰に、夜前の御法談とをひきあわせて仰候。
ありがたき是非におよばずと御掟候ひて、御落涙の御こと、かぎりなき御ことに候。
【意訳】
晨朝
(
あさ
)
の
勤行
(
おつとめ
)
に 『
高僧和讃
(
こうそうわさん
)
』の「いつつの不思議をとくなか」から 「
尽十方
(
じんじっぽう
)
の
無碍光
(
むげこう
)
は、
無明
(
むみょう
)
のやみをてらしつつ、
一念歓喜
(
いちねんかんぎ
)
するひとを、かならず
滅度
(
めつど
)
にいたらしむ」までの六首をあげなされ、
初夜
(
しょや
)
の御座に、その和讃の
意味
(
こころ
)
を
御法談
(
ごほうだん
)
なされたとき
「
観経
(
かんぎょう
)
」の、 「光明遍照、十方世界、念仏衆生、摂取不捨」の経文の意味と、
法然上人
(
ほうねんしょうにん
)
の 「月かげのいたらぬさとはなけれどもながむるひとのこころにぞすむ」とある歌を引きあわせて、御法談になった。
それは何とも申しようもなく有難かったので、蓮如上人が
御退座
(
おたち
)
なさった後、実如上人は昨夜の御法談と今夜の御法談とをひきあわせて讃嘆なされ、 「有難い、有難い、こころも言葉もおよばぬ有難いことである」と仰せられ、感極まって、とめどもなく御落涙なさるのであった。
【解説】 山科の本願寺における蓮如上人と実如上人の御教化がまことに活きた信行そのものの発露であったこと、いかにも感銘のふかいものであったということが、
歴々
(
ありあり
)
と想像せられる記録である。
そして、この御法談の内容については、ここに記してはないけれども、引抄された 『
高僧和讃
(
こうそうわさん
)
』と
『
観経
(
かんぎょう
)
』の
経文
(
きょうもん
)
と法然上人の歌をとおして察すると、佛のおすくい、殊に
光明摂取
(
こうみょうせっしゅ
)
のありがたさについて讃嘆されたのであったとおもわれる。
※『
蓮如上人御一代記聞書
(
れんにょしょうにんごいちだいきききがき
)
新釋』
梅原真隆
(
うめはらしんりゅう
)
本願寺出版社
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