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法 話
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【 私の如是我聞 】
第20回
帰すべきところ
更新
平成25年4月
よく人生は、旅であるといわれます。しかし旅であるとするなら、最後に帰り着くところが明らかになっていなければなりません。 そうでなければ、行くあてのない、 「
流浪
(
るろう
)
の
旅
(
たび
)
」になるでしょう。
では人生の旅で、最後に帰り着くところは、どこでしょうか。
このことがはっきりし、約束されていないと、どんな楽しみの多い日々であっても、それはむなしい
砂上
(
さじょう
)
の
楼閣
(
ろうかく
)
であり、不安の中で、人生の旅を終えることになるでしょう。
浄土真宗の教えは、人生のほんとうの目的を示し、帰るべきところを教えています。 私たちの帰るべきところ、それが阿弥陀如来のお浄土です。
私どもは、決して浄土から出てきたわけではありません。しかし、親のいるところが子供の帰るべきところですから、
祖師
(
そし
)
がたも、浄土を 「
家郷
(
かきょう
)
」とか 「
本家
(
ほんけ
)
」とよんでなつかしんでおられます。
私たちを、必ずお浄土に生れさせようという、阿弥陀如来さまのおはからいによって、 お浄土を帰るべき「
家郷
(
かきょう
)
」とよばせていただけるのは、 本当にありがたいことです。
親鸞聖人は、先立っていったお弟子を
偲
(
しの
)
んで、 「かねて申していたとおり、必ず浄土でお会いします」と
記
(
しる
)
されています。
お浄土は同じ念仏申すものが、もう一度、会いまみえることのできる世界です。 「
阿弥陀経
(
あみだきょう
)
」には 「
倶会一処
(
くえいっしょ
)
」・ともにひとところで会うことができると、 説かれています。
お念仏のみ教えにより、限りない「いのち」の世界が
帰
(
き
)
すべき
家郷
(
かきょう
)
として約束されていること、そして、お浄土でふたたび、 先立った人びとと会わせていただくことができることを、しみじみと味わわせていただきましょう。
では最後に、ご一緒にお念仏申しましょう。南無阿弥陀仏・・・・。
※『朗読法話集(第一集)』(本願寺出版社 1,300円 電話 075-371-4171)
読経だけでなく、少しでも、み教えを味わっていただけるようにとの願いから、本願寺から刊行されました。
※本書は「仏の教え」「浄土真宗の教え」「特別法話」「荘厳・仏事・作法」の四種類に分類しています。一つの法話で ひとつの内容を味わっていただけるよう編集されています。
※ご法座の最後は、「では最後にご一緒にお念仏申しましょう」といって、一同がお念仏を申しながら、 合掌礼拝して終了します。
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