2025年12月 第170話

朝事*住職の法話

「困ったこともごえん
     
 住職法話をお読み頂きまして、有難うございます。
 今月は「困ったこともごえん」という題にしました。
 念仏詩人の木村 無相さんの詩に、次のような詩がございます。
 
 「ご縁 ご縁 みなご縁
 困ったことも みなご縁
 南無阿弥陀仏に 遇うご縁」
 木村 無相
 
 この詩には、「困ったことも みなご縁 南無阿弥陀仏に遇うご縁」
 と結ばれています。
 「色々と辛いことがあったけれど、その辛いことがご縁で、南無阿弥陀仏に遇うことが出来ました。」
 と言えるところには、同じ暗く辛く悲しい出来事も、「それがご縁で、南無阿弥陀仏に遇うことが出来ました。」 と味わうことが出来る時には、どこか明るいものが感じられるのではないでしょうか?
 
 「明るい」と言えば、世界で一番明るいものは「光」でしょうか?
 仏教詩人の坂村真民さんの詩に、「光」という詩があります。こんな詩です。
 
「光

 体の中に 
 光を持とう
 どんなことが起こっても
 どんな苦しみのなかにあっても
 光を消さないでゆこう」
 

 坂村真民さんの娘さんが、この詩について、次のように言われています。
 「人生いろんなことが起こりますから、体の中の光は強くなったり、弱くなったりする。
  でも、消さなければ未来がある。
  だから、どんなに光が弱くなっても せめて消さないでおこうと。
  大変な時にこの詩を読むと力をもらえるんです。」と。

 確かにこの通りだと思いますし、この詩はいい詩だなあと、しみじみ思わされます。
 そういえば、坂村真民さんの詩には、他にも、「光」という字のある詩があります。

「つゆくさのつゆが光るとき

 つゆくさのつゆが 曼荼羅まんだらのように
 朝日に光るとき
 生きていることの喜びを
 しみじみと感じる
 日の昇につれて
 光の角度がちがい
 つゆは少女の目のように
 清くキラキラと輝く
 そういうひとときを
 一生知らずに終わる人もあろう
 可憐な紫色のつゆくさの花が光る
 大地の愛を身に付けてゆこう」

 坂村真民さんは、「わたしは子どもの時から、つゆに心ひかれ、つゆくさに せられてきた。時にはつゆくさの花が、 化身けしん女人にょにんとも思われることがある。
 つゆくさは日本の地にふさわしい野の花であり、日本人の心に深く触れてくる野の花である。」
 と言われている。


「風と光のなかで

 風のなかで
 一羽の鳥が生まれ
 嵐の海を飛びまわり
 未知の国々を訪ね
 その短い生を終えた

 光のなかで
 一粒の種が芽生え
 大きな木となり
 多くの実を結び
 その長い生を終えた
 
 ものみなうつろいゆく
 流れのなかでわれわれも
 なすべきことをなし終えよう
 風のなかに聞くみ仏の声
 光のなかに見るみ仏の姿」

 坂村真民さんは、「生きるものの一切いない月世界にも、風はつねに吹いているだろう。
 光もつねに流れているだろう。
 生まれてから死ぬまで、人は風の声を聞き、光の姿を見て来た。
 しかし、その意義の深さに気づいて、自分の生活を真実のもにする人は少ない。
 仏陀が語られる風と光について目を傾けよう。」
 と言われている。

「光る

 光る
 すべては
 光る
 光らないものは
 ひとつとしてない
 みずから
 光らないものは
 他から
 光を受けて
 光る」
 
「光る

 海から日は出で
 満山の露が光る
 まさに 華厳けごん
 この時からわたしはしっかりと
 光を求めて歩み始めた」

「光と闇

 光だ
 光だ
 という人には
 いつか光が射してくるし
 闇だ
 闇だ
 という人には
 いつまでも闇が続く」

「うつしよにほとけいまして

 うつしよにほとけいまして
 われをみちびき
 われをまもりたもう
 うつせみのいのちを
 いまにいたるまで
 あらしめたもう
 ちからよわきわれに
 うからをやしなわしめ
 いきるひのかてを
 あたえたもう
 ああ
 うつつのごとく
 ほとけいまして
 なみだながるる
 ひかりながるる」


「つみかさね

 一球一球のつみかさね
 一打一打のつみかさね
 一歩一歩のつみかさね
 一坐一坐のつみかさね
 一作一作のつみかさね
 一念一念のつみかさね

 つみかさねの上に
 咲く花
 つみかさねの果てに
 熟する実
 それは美しく尊く
 真の光を放つ」

「鳥は飛ばねばならぬ

 鳥は飛ばねばならぬ
 人は生きねばならぬ
怒涛どとうの海を 飛びゆく鳥のように
 混沌の世を生きねばならぬ
 鳥は本能的に
 暗黒を突破すれば
 光明の島に着くことを知っている
 そのように人も
  一寸いっすん先は闇ではなく
 光であることをしらねばならぬ
 新しい年を迎えた日の朝
 わたしに与えられた命題
 鳥は飛ばねばならぬ
 人は生きねばならぬ」

「信仰

 泥が
 光ってくる
 罪が
 光ってくる
 それが
 しんの
 信仰だ」

 紀野一義師が、「白鳥【しらとり】の歌人 坂村真民」柏樹社 という本を書かれている。少し紹介させて頂きます。

『常に 悲感ひかんをいだき 

 坂村真民先生のことを「しんみんさん」と呼んだのは私が初めてではなかっただろうか。
 しんみんさんはいたくこの呼び名が気に入られて、 以来、私のまわりの人たちは、心からなる親愛の念をこめて「しんみんさん」「しんみん先生」と呼ぶようになった。
 真民先生から初期の詩集十数冊をまとめてどんと送られて来た時、まっ先に私の眼をひいた詩集は、「六魚庵天国」、表紙裏に細い筆の字で「悩みをつき抜けて歓喜に到れ ベートーヴェン」 と書いてあり、その左下に二行で「引き揚げてから三年間の詩による記録、昭和二十一年五月末から昭和二十五年三月末まで四国西海岸三瓶町に於ける生活ポエム」と書いてあった。
 昭和二十一年五月末といえば、私もアメリカの輸送船に乗せられ、南方から日本に送還されて三ヶ月ばかり経った頃である。
 故里の町広島を原爆に灼かれ、父母姉妹を喪い、金なく、家なく、族(うから)なき孤貧の生活をそれから数年にわたって送り、辛酸をつぶさになめた私には、 これら初期詩集の中にうかがわれる真民先生の困窮とそれを突き抜けて行った強烈な意志が手にとるようにわかる。
 こんな詩があった。

「かなしみはいつも

 かなしみはみんな書いてはならない
 かなしみはみんな話してはならない
 かなしみはわたしたちを強くする根
 かなしみは私たちを支えている幹
 かなしみは私たちを美しくする花
 かなしみはいつも たたえていなくてはならない
 かなしみはいつも噛みしめていなくてはならない
 「六魚庵哀歌」

 これが当時の真民先生の生活信条だったのだろう。

 私は卒然として「法華経」寿量品の名句 常懐悲感 心遂醒悟じょうえひかん しんすいしょうご (常に悲感をいだいて、心ついに醒悟す)を思い出した。
 どんな悲感があろうと、それを外にこぼすな、流すな、胸の奥ふかくに抱いていよ、そうすれば、その悲感が、やがておまえの心を醒ましてくれる、そして、悟りに至らしめる、という教えである。

 これは私の生涯にわたる信条となった。
 この短い言葉を心のよりどころとして、私は多くの苦難の中を微笑を浮かべて生き抜いてきた。
 戦場での苦難を思えば、生きているだけでもありがたかった。
 「生きていることが救いだ」と私はいつも思っている。
 それと同じ生き方を真民先生は生きているのだ。「六魚庵天国」を手にして私は、「友よ、幸あれ、すこやかなれ!」と思わず叫んでいた。

 この詩人は朝三時に起きる。座禅し、読経し、戸外に出て天を仰ぎ、大詩霊に向かってひたすら祈るのである。

「わたしがいちにちのうちで
 いちばんすきなのは
 あのみめいこんとんの
 ひとときである
 わたしはそのこんとんのなかに
 みをなげこみ
 てんちとひとつになって
 あくまのこえをきき
 かみのこえをきき
 あしゅらのこえをきき
 しょぶつぼさつのこえをきき
 じっとすわっている
 てんちがさけび
 ちがうなるのも
 このときである
 めいかいとゆうかいとの
 くべつもなく
 おとことおんなのちがいもなく
 にんげんとどうぶつとの
 さべつもない

 すべてはこんとんのなかに
 とけあい
 かなしみもなく
 くるしみもなく
 いのちにみち
 いのちにあふれている
 
 ああわたしが
 いちにちのうちで
 いちばんいきがいをかんずるのは
 このみめい こんとんの
 ひとときである」

 夜中の三時に、真民さんは、悪魔の声を聞き、神の声を聞き、天が叫び、地が唸るのを聞く。
 その中で真民さんは、座禅し、読経し、祈り、時として石笛を 喨々りょうりょうと吹き鳴らすのである。
 真民さんは、これを 「招喚しょうかん」と呼んでいる。
 真民さんは、「自分で起きるのではないから、招喚です。
大いなるものに呼び起こされるんです。
 自分でするという意識があったらなにもできやしないです」という。
 親鸞上人は、「念仏」を「本願召喚の勅命」と呼んだ。
 真民さんは仏に呼ばれ、神々に呼ばれて、無明の闇の中から身を起こすのである。
 真民さんは、眠いという人間を 叱咤しったして、「眠たがるような者は詩人ではありません」と突き放す。

 二時であろうが三時であろうが、呼ばれればパッと眼を覚ますのである。
  「未明混沌みめいこんとん」とは、夜と昼との区別が定かでなく、一つになっている時のことである。
 「明界と幽界との区別もなく」と書いてある。
 これは「幽明その境を異にす」というように、明界は生きている人間の世界、幽界とは死んだ者の世界のことである。
 この二つの世界に区別がないのは、未明混沌の時であるという。
 この時に真民さんは祈る。
誰に向かって祈るかというと、「大詩霊さま」「大詩母さま」と真民さんが呼ぶ、詩の霊に対してである。
 その大詩霊と自分の魂とが 感応道交かんのうどうこうする。
 感応道交するとは、永遠なるものと私たちが一つになることである。
 大詩霊などというものがあるかと思い、そんなものが目に見えるものかと思っている者は絶対に一つになれない。
 第一、朝三時に起きるような風変わりな真似をするわけがない。

 ゆえに、どこまで行っても、大きないのちを、自分のいのちとして生きるということはできなくなる。
 そうすると、仏さまのこともわからないし、あらゆることがわからないのである。
 しかし、目に見えないものが見えるということは大変なことなのであって、ふつう、なかなかないことである。
 しかし、見えないからといって、そういう世界がないとはいえない。
 確率からいうと、あるというほうも、ないというほうも、半々である。
 それなら、あるというほうに賭けたほうがずっと面白い。

 真民さんの詩に「あ」というのがある。

「あ

 一途いちずに咲いた花たちが
 大地に落ちたとき
 ≪あ≫とこえをたてる
 あれをききとめるのだ

 つゆくさのつゆが
 朝日をうけたとき
 ≪あ≫とこえをあげる
 あれをうけとめるのだ」

 これは目に見えないものを見つめるという世界に重なる、耳に聞こえないものを聞く世界である。
 花がわれわれに語りかけるという世界がある。
 
 多摩川のすぐそばの家に移ったところ、庭に鹿児島椿が植えてあった。
 食事する部屋のまっ正面にあるので、いやでも毎日眺めることになる。
三月に入っておびただしい花をつけはじめた。
 ピンクの品のいい美しい花である。花というものは、みんな同じ顔をしているものと以前には思っていたが、それが大間違いだと気がついたのは、咲き出してまもなくのころであった。
 地上五十センチぐらいのところについた つぼみの一輪がどうも気になるのである。
その蕾だけはまっすぐ私の顔を見ているような気がして、毎朝庭におりて眺めに行った。
ひらきはじめてからは殊にその感が深かった。花の色も、姿も抜群であった。
 明らかにどこか違っているのである。
 ついに私はその花に「お早う」と声をかけるようになった。
 ひらき切ってもその花は依然として私の顔を見つめている。
 家内もその花の異様なまでの美しさに気がついた。
 こうして五日の間、この子(ついにこの花をこの子と呼ぶに至ったのである)は、渾身の力をふりしぼって咲きに咲いた。
 その間じゅう、私たちに何かを語り続けていたように、私には思える。
 六日目の朝、この子は土の上に身を横たえていた。
 死んだのである。
 夜の闇の中で、私の眠っている間に、落ち、息絶えたのである。落ちる瞬間に、この子は絶叫したであろう。
 「さようなら!っ」と声を限りに呼んだであろう。
 その朝、私共は二人とも黙っていた。
 深い悲しみが朝のしじまを領して、しいんとしていた。
 一休禅師が、可愛がっていた雀の子が死んだ時、一人前の僧の葬式を出してやったという心境がよくわかった。
 この朝、私はしみじみ、真民さんの「あ」の世界を感得したのである。
 花の心のわからないような者にどうして人間の心がわかろう。

 われわれに語りかけているのは花だけではない。
山川草木ことごとく語りかけている。空も海もみな語りかけているのである。
というよりも、それらのものを通して永遠なるものが われわれに呼びかけているのである。

 釈尊は亡くなられる時に、
「ヴャヤダンマー・サンカーラ、アッパマーデーナ・サンパーデートゥハ」
と言い遺してこの世を去られた。
 これを「諸行は 壊法えほうなり、 懈怠けたいなく、精進せよ」と訳するが、これではなんのことやらわからない。
 これは
「こころは、うつろいやすきものなり。見落とすことなく、その中に居よ」
と私は訳したい。
 「サンカーラ」とは「こころ」のこと、「永遠なるものの意志」のことである。

 これを人間は「心」すなわち、「人間の小さな了見」で捉えようとする。
捉えたと思ったらもうそれは本来のものでなくなっている。
 すぐに変容してしまうのである。
だから、そうならないようによく気をつけて、その大きな心の動きのままに行動するように、と釈尊は教えられたのである。
座禅ざぜんでも、お念仏でも、お題目でも、そこのところを外すと、とんでもないことになる。
 座禅でも、お念仏でも、自分の心でやるのではなく、実は大いなるもののこころに促されておこなうのである。
 念仏せしめられ、座禅せしめられられるのである。
それを、自分の意志の力でできると考えると、それは己の小さな「心」に とらわれることになる。
 これではいくらやってもだめである。
 大体、人間にかかわるものは、すべて、有限で、ケチなものと相場が決まっている。

大らかなのは、そこに永遠なものがかかわってきている時にいえるのである。
 だから、大らかな人間は必ずどこかで永遠なるものにかかわっている。
永遠なるものの呼び声に耳を傾けているのである。

 宗教というものもこれではないか。
 キリスト教では神さまに生かされている、といい、仏教では仏さまに生かされている、という。
 これをいささか程度を下げると、あの人に生かされている、ということになる。
仏さまの方で「この人間は直接仏に接することのできない人間だな、しかし、人間になら接しられるな」と 思うから、「あの人」をさし向けてくれるわけである。
 そんなこととも知らず、「あの人さえいてくれれば、神も仏もいらぬ」と口はばったいことをいうから、せっかくさし向けられた「あの人」が別な人のほうへさし向けられてしまうのである。

 「あの人」のうしろに、「こころ」という永遠なるものの力が動いていることを察知して、その呼びかけに耳を傾けることが大切である。

 私の好きな詩人 三好達治みよしたつじはこう歌っている。
「かへる日もなき

 かへる日もなきいにしへを
 こはつゆ くさの花のいろ
 はるかなるものみな青し
 海の青はた空の青」

 この世に人間として生まれて来るわれわれは、それぞれ「かへる日もなきいにしへ」を背負って生まれてくる。
もはや決してそこへ帰ってゆけない過去を背負っているわれわれは、不自由であり、 拘束されており、死すべきものであり、かなしみ多きものである。
 そのわれわれの眼に、つゆ艸の青さは、いかに鮮烈なものであるか。
 小さなつゆ艸の花が、われわれに何を語りかけているか、もっと耳を傾けなくてはならない。
 はるかなるものは、みな青いのだ。
海の色も、空の色も、そして、つゆ艸の青さも、すべて永遠なるものの呼びかけなのだ、と詩人はいう。

 「水のほとりに来てみれば
 み空のいろの艸の花
 微塵みじんの花を見つつおもふ
 ひとのこころのほろにがき」

 この「ひとのこころ」は、今いっている流儀ででゆくと、「ひとの心」と書くべきところである。
 み空のいろの艸の花はわれわれに何を教えてくれているか。
 「人間の小さな心にこだわりなさるな、それが悲しみの源になるのだから。
しかし、花の色と空の色が、同じ色であるように、人の心も、仏のこころと同じこと、仏のこころのままに生きてお行きなされ」と 教えてくれるのであろう。
 微塵の花の中に永遠が宿っているのに、人の心はどうして仏のこころと一つになれぬのか、と、ほろにがい思いを噛みしめるというのである。』

 (「白鳥の歌人 坂村真民」紀野一義 柏樹社 より抜粋 )
 
 南無阿弥陀仏   
 『ご清聴頂きまして、有り難うございました。 称名』


 ☆☆法語☆☆      
                                                 
              
*世の中のことはなるようにしか 
           
ならぬが、なるようになってゆく 
           
ものであります。 
*浄土真宗というようなものは、 
あらゆる、勇ましい宗教の   
おちこぼれのための「宗教」 
といってもいいのです。 
*普通の人間は、自分のため、     
といった自己中心的な生き方しか、   
普通には出来ないのではないだろう 
か。たとえ、そうした生き方は   
「生きる価値がない」という生き方 
にしても。      
*一期一会のみんなかなしく    
なつかしく 
  
【木村無相の言葉】   
    


ようこそ、お聴聞下さいました。有難うございました。合掌

最後に、本願寺が作成した「拝読 浄土真宗のみ教え」の一節を味わわせて頂き終わらせて頂きます。有難うございました。

「今ここでの救い」

 念仏ねんぶつおしえに あうものは、いのちを えて はじめて すくいに あずかるのではない。 いま くるしんでいるこの わたくしに、 阿弥陀如来あみだにょらいねがいは、 はたらきかけられている。
親鸞聖人しんらんしょうにんおおせになる。
 信心しんじん さだ まるとき 往生おうじょうまた さだまるなり
 信心しんじん いただくそのときに、たしかな すくい にあずかる。 如来にょらいは、 なやくるしんでいる わたくしを、 そのまま きとめて、 けっして てる ことがない。 本願ほんがんの はたらきに あう そのときに、 煩悩ぼんのうを かかえた わたくしが、 かならほとけになる さだまる。 くるしみ なや人生じんせいも、 如来にょらい慈悲じひあうとき、 もはや、 苦悩くのう のままではない。 阿弥陀如来あみだにょらいいだかれて 人生じんせいあゆみ、 さとりの 世界せかいみちびかれて いくことになる。 まさに いま、 ここに いたり とどいている すくい、 これが 浄土真宗じょうどしんしゅうすくいである。






トップページへ   朝事の案内   書庫を見る