《 聖典の講座 》
 
『無常迅速 生死の事大なり』

     
第150回  蓮如上人御一代記聞書れんにょしょうにんごいちだいきききがき新釋 更新 2024年2月

 (20) 蓮如上人れんにょしょうにん願念がんねん
 明応五年正月二十三日に、富田殿より御上洛ありて、仰に、当年よりいよいよ信心なきひとには、御あひあるまじきと、かたく仰せ候なり。
 安心のとほりいよいよ仰せきかせられて、また誓願寺に能をさせられけり。
 二月十七日に、やがて富田殿へ下向ありて、三月二十七日に、堺殿より御上洛ありて、二十八日に仰られさふらふ。
 自信教人信のこころを仰きかせられんがために、上り下り辛労なれども、御出あるところは、信をとりよろこぶよしまうすほどに、うれしくて、またのぼりたりと、仰られ候き。
 
 【意訳】
 明応五年正月二十三日に、富田の教行寺から、御上洛になって
  「当年ことしから信心のない人には面会すまい」
 と厳重に仰せ出された。
 そして無駄な面会を避けて信の上の談合を主とせられ、 安心あんじんの一段を懇ろにお聞かせになったのであった。
 また、そのころに民間に流行した のうを通じて仏法にひき入れようとして、誓願寺に能をさせられて念仏をすすめられるのであった。
 そして、二月十七日に、またもや富田の教行寺へ 御下向ごげこうあり、それから堺の真宗寺へ赴かれ、さらに三月二十七日には 御上洛ごじょうらくせられて、二十八日には人々に向こうて、 「自分が上洛したのはこの有難き 御法みのりを、われも信じ ひとにも教えきかしたいためである。
 年寄りになってから、こんなに上洛し下向することは苦労でもあるが、人々の信を得て喜ぶ顔を見るのが何よりもうれしくて、またのぼって来たのである」と仰せられるのであった。
 【解説】
 蓮如上人の誠実な懇切な教化ぶりが浮き彫りのようにあらわれている。
 八十の歳を された上人が、一人でもおおくの人々に信心を得させたいばかりに奔走なされたお姿には、おのずから頭がさがる。
 信心なき人には面会すまいと仰せいだされるところに、無駄な 交際まじわりをさしのけて、専念に信心をすすめられた緊張感があらわれている。
 誓願寺せいがんじという念仏をすすめるにふさわしい能を催されたところにも、いろいろ、さまざまの てがかりをとおして念仏をすすめられたことが想われる。
 そして、自信教人信という教化の 基本もとは、もと 善導大師ぜんどうだいしの「往生礼讃」に示されたところである。
 さらに、「恵心尼文書」によると親鸞聖人が『三部経』の 読誦どくじゅをやめて自信教人信の旨趣を重ぜられた。
 こうしたところから自信教人信ということが、一宗の基調となり、特に蓮如上人によって力強く実践されたのであった。



※『蓮如上人御一代記聞書れんにょしょうにんごいちだいきききがき新釋』 
    梅原真隆うめはらしんりゅう
本願寺出版社
電話 075-371-4171
 

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