☆☆ 法 話 ☆☆
 
【 私の如是我聞 】

               
第71回 どのくらいの位?*現生正定聚げんしょうしょうじょうじゅ  更新 平成29年7月
          
 最近は減りましたが、かつては僧侶の ころもの色について質問されることがよくありました。
「赤色の衣を着ておられる方が一番位の高い方なのでしょう?」  
といった類いの問いです。 
 修行しゅぎょうを積んでいく教えならば、位が上がることもその位を 衣の色で示すこともあるでしょう。
しかし、真宗のご門徒が、真宗の僧侶の衣について質問するのであれば、無意味なことです。 
 確かに真宗の法要でも、衣の色などを決めている場合もありますが、それは単に法要に参加する順番や法要の役割上決められていることであって、 それがそのまま位の高さを表すものなどではありません。
 けれども、真宗にも位があります。
信心を得た人は「かならず仏さまに成る」のだから、仏さまの直前の段階の位であるともいわれるのであります。
 なんと煩悩ぼんのうを持っている 凡夫ぼんぶが、悟りを開かれた仏さまの一つ前の位となるのです。
これはいったいどういうことなのでしょうか? 
 最低の凡夫ぼんぶが最高の位になるということは、その間の位の高低や順番そのものが 意味をなさないことになります。
それは、人間の決めた位ではなく、仏さまから定められた位であるからでしょう。
人間が決めた位は、人と人との関係を比べて、上下高低をつけますから、人をきずつけます。
けれども、仏さまから定められた位は、誰かと比べてではなく、一人ひとりの人間それぞれに向けて、すなわち私自身に向けて定められた絶対的なものです。
つまり、仏さまは人間一人ひとりに最高の価値を見いだされていることになります。 
 親鸞聖人しんらんしょうにんまでは、この位は凡夫がずっと先に目指すべき目標でありました。
けれども聖人は、今この人生において、信心の人はこの位に入っていると言われました。
先にある目標ではなく、どんな人間にも最高の価値を見出そうとされる仏さまのよび声に目覚めたならば、すでにこの位に入っているのだと言われたのです。 
また、仏さまが定められた位ですから、我われが目指して手に入れる位ではありません。
 たとえば、初めて知人の家を訪ねていくとします。家で待ってくれている知人と会おうとすれば、まず自分で家を探し家を目指さなければなりません。
迷って家に着けなければ、知人とは会えません。 
 けれども、知人から自分の持っている携帯電話けいたいでんわに連絡が入りました。
知人の声を聞きながらその指示通りに歩むのですから、携帯に連絡が入ったそのときに、知人の家に間違いなく行けることは確定します。
そればかりか、まだ出会っていない知人と、もうすでに話をしています。
 この「知人の家」=「お浄土」、「知人に会う」=「仏さまに成る」としますと、携帯から知人の声が聞こえたときに、すなわち仏さまのよび声が聞こえて 信心を得たときに、「知人の家」【お浄土】に往って、「知人に会う」【仏さまに成る】ことは決定しています。
 つまり、現人生において、お浄土に往生して仏さまになることが決定した位に入っているのです。
しかも、仏さまの本当の姿は目に見えませんが、「間違わずに家に来いよ」という仏さまのよび声を聞きながら安心して人生を歩めるのです。 


※『ひらがな真宗』本願寺出版社 定価:\756(本体\700+税) 電話 075-371-4171

最近、「仏教の言葉がむずかしい」「漢字が多くてどうも」という若い方の声や、「高校生や中学生にもわかりやすく真宗のご法話をしたいが」 という年輩方の声をよく耳にします。
※本書は、『ひらがな真宗』の題が示すとおり、まさにその声にこたえるべき待ち望まれていた書です。
名号みょうごう」 「本願ほんがん」 「浄土じょうど」 「他力たりき」といった真宗の用語を、その用語のしめす雰囲気でわかったつもりで使うのでなく、 専門的な言葉を使わずに説明したり、ご法話するすることは簡単なことではありません。
また、せっかくわかりやすくと思っても、やさしい言い回しにとらわれすぎて、真宗の教えの真意がうすれてしまっては意味がありません。
その点でも本書は、実にすぐれた書であるといえます。
若い方にもわかりやすく、日常生活の中の身近な話題をピックアップしていて、肩の力を抜いて読むことができます。
それでいて温もりのある、心にひびく文章には、こども会を続けてこられた森田氏【森田 真円氏】のお人柄があふれているような気がします。
 一九九九年十二月   
  東光 爾英 【『ひらがな真宗』「はじめに」より抜粋】

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