☆☆ 法 話 ☆☆
 
【 私の如是我聞 】

第7回 「ありのままに見る」 更新 平成24年3月

 私たちは、自分に都合のよいように判断する自己中心のこころのために、物の真実の姿を、あやまって見ている場合がほとんどです。そのために、さまざまな間違いをおこします。人の好意を悪意にとったり、自然のありのままの姿を、ありのままに感じることができないのも、自己中心のこころにさまたげられて、物を見ているためです。
お釈迦さまは、私たちが真実の物のありかたを知らないために、混乱をひきおこしているのだということを、明らかにされました。そして如実にょじつ知見ちけんすること、つまり、物事のありのままに見ることが大切であると教えられました。ありのままに物をみること、それが「智慧ちえ」といわれる能力です。仏教のさとりとは、この智慧を得ることでした。
では、智慧によって見る世界は、どのように違うのでしょうか。私をふくめ、すべての物が変化し、変わっていくこと、すなわち「無常」であることも、智慧のまなこによって知らされます。それがわかったとき、いかに今、ここにいる私の「いのち」が、ありがたいものであるか、他の一切の「いのち」も、同じように大切なものであるかを、納得されることでしょう。
また、すべてのものがりあい、支えあって、なりたっていること、すなわち、「縁起えんぎ」の関係にあることも真実です。このことを知ることによって、私は、ただひとりだけで生きているのではなく、多くのもののおかげによって、生かされている事実に、めざめることでしょう。そこに、すべての人びとが、互いに害し合うことなく、助け合い、感謝しあう世界がつくられていくのです。
仏教の目的は、私たちの生きていく世界が、そのような世界になることです。
まことにまれなご縁をえて、人間に生れてきた私たちです。仏教の教えを聞き、間違った見かたをしている自分を恥じながら、少しでも真実にかなう生き方をしたいものです。
 では最後に、ご一緒にお念仏申しましょう。南無阿弥陀仏・・・・。

※『朗読法話集(第一集)』(本願寺出版社 1,300円 電話 075-371-4171)
読経だけでなく、少しでも、み教えを味わっていただけるようにとの願いから、本願寺から刊行されました。
※本書は「仏の教え」「浄土真宗の教え」「特別法話」「荘厳・仏事・作法」の四種類に分類しています。一つの法話で ひとつの内容を味わっていただけるよう編集されています。
※ご法座の最後は、「では最後にご一緒にお念仏申しましょう」といって、一同がお念仏を申しながら、 合掌礼拝して終了します。




今生最後と思うべし 一このたびのこのご縁は 我一人の為と思うべし 一このたびのこのご縁は 初事と思うべし 一このたびのこのご縁は 聴聞の心得


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