☆☆ 法 話 ☆☆
 
【 私の如是我聞 】

第60回 痛かったやろ!*大慈大悲だいじだいひ  更新 平成28年8月

人はそれぞれ、他の人間に対する願いを持っています。
しかし、「こうあってほしい」いう願いはいつも自分の都合から離れることはできません。
私の息子が小学校四年生のときでした。
野球が大好きで、毎日のように友達とボールを追いかけていました。
ちょうどプロ野球のK選手のヘッドスライディングが注目されていたころです。
そんなある日、私が私の母とともに帰宅すると、息子の足に包帯が見えます。
野球をしていてケガをしたとのことでしたが、そのときの様子を聞けば、どうやらジャリかバラスの路上で思わずスランディングをしてしまった結果、 五針もったというのです。
私の第一声はこうでした。
「何してたんや!」
その言葉の裏にある思いは、【小学校の四年生にもなったら、それぐらいの判断はできるだろう。もっとしっかりせんか!】であります。
ところが、私と一緒に帰宅して、同じように事情を聞いていた私の母は、私の第一声と同時にこう言いました。
「痛かったやろ?!」
息子は頭の上で怒鳴どなっている父の顔よりも、腰をかがめて包帯をのぞき込み、 自分までもが痛そうにまゆを寄せている祖母の顔を見ていたに違いありません。
「何してたんや!」も「痛かったやろ!」も願いをかけている者の言葉でありますが、その態度には大きな違いがあります。
私の願いには「こうあってほしい」「こうあるべきだ」という押しつけがあり、相手の苦しみを見ずに自分の思いが優先しています。
腹を立てているのが、その証拠です。
そんな願いが通じるわけがありません。
それでなくとも、人間は自分のかける願いはよくわかるのに、自分にかかる願いには気がつきにくくできているのですから。
しかし、私の母の場合は、孫の痛みや あやまちを自分の身体に感じようとしています。
その願いは 慈愛じあいに満ちています。
人をいつくしむとは、深い思いやりであり、そこには、自分の都合を忘れて、 どこまでも相手に掛かりはてるという意味が含まれているでしょう。
自分の思いが優先している願いは、願い通りにならなければ、相手を責めるだけに終わって、いつかは見捨ててしまうかもしれませんが、 真の願いは、あきらめるということがありません。
阿弥陀あみださまの願い【四十八の願い】には、私たち一人ひとりの苦しみを ご自身の痛みと感じて悲しみ、私たちにに掛かりはてておられるお姿がさまざまに表されています。
その中、第十八番目の本願には、
「どうしても、人びとに本当の幸せを与えたい。それこそが私の幸せである」という阿弥陀さまの願いの根本が示されてあります。
独りで生まれ独りで死んでいく私に、生きている間はもちろん、生まれる前からも死んでからも、私に届くまで「本当の幸せ」を与えようとされるのが、 阿弥陀さまの願いであります。
人は真の願いに 出遇であってこそ、自分を見つめ、人に対して優しくありたいと願うのであります。


※『ひらがな真宗』本願寺出版社 定価:\756(本体\700+税) 電話 075-371-4171

最近、「仏教の言葉がむずかしい」「漢字が多くてどうも」という若い方の声や、「高校生や中学生にもわかりやすく真宗のご法話をしたいが」 という年輩方の声をよく耳にします。
※本書は、『ひらがな真宗』の題が示すとおり、まさにその声にこたえるべき待ち望まれていた書です。
名号みょうごう」 「本願ほんがん」 「浄土じょうど」 「他力たりき」といった真宗の用語を、その用語のしめす雰囲気でわかったつもりで使うのでなく、 専門的な言葉を使わずに説明したり、ご法話するすることは簡単なことではありません。
また、せっかくわかりやすくと思っても、やさしい言い回しにとらわれすぎて、真宗の教えの真意がうすれてしまっては意味がありません。
その点でも本書は、実にすぐれた書であるといえます。
若い方にもわかりやすく、日常生活の中の身近な話題をピックアップしていて、肩の力を抜いて読むことができます。
それでいて温もりのある、心にひびく文章には、こども会を続けてこられた森田氏【森田 真円氏】のお人柄があふれているような気がします。
 一九九九年十二月   
  東光 爾英 【『ひらがな真宗』「はじめに」より抜粋】

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