☆☆ 法 話 ☆☆
 
【 私の如是我聞 】

第52回 昔はよかった!?*老苦ろうく 更新 平成27年12月

大学などで講義していますと、びっくりするような若者言葉に触れることが多いのですが、ここ七、八年ほどの間でよく耳にするのは、 「昔はよかった」という言い方です。
十代や二十歳そこそこの青年が、
「昔はよかった。中学生や小学生のころはよかったなあ」
と、ため息をつくことが多いのです。
大人から見れば、光輝く年代だと思うのに、半分冗談なのでしょうが、「二十歳を過ぎたら『オバン』」だそうです。
そして彼らは昔をなつかしがります。
いったいどうしてでしょうか?
さまざまな理由があるのでしょうが、大人たちの問題が彼らに影を落としているようにも思います。
例えば、もうすぐ結婚しようとする若者がお世話になった人びとに 挨拶あいさつに行きますと、たいていの大人たちは、祝福の言葉をかけた後、 遠いところを見るような目をして、語尾をのばしながらこう言います。
「今が一番いいときやね〜」
この言葉を意地悪く聞けば、
「今が一番いいときだけど、あとは地獄が待っているよ」
と聞こえなくはありません。
どうも最近の私たちの考えには、少年・青年時代から中年・壮年にかけて右上がりの 放物線ほうぶつせんがあり、壮年を さかいに後は老いに向かって右下がりに落ちていくばかりという思いが強くあるようです。
確かに肉体的には おとろえるに違いありません。
上げているつもりの足が上がっていなくて ころぶということもよくあることです。
また頭の方も若いときのようにはいきません。
となりの部屋に来てから「はて、いったい何をしに来たんだっけ?」と 呆然ぼうぜんとするようなことが年々増えてくることも確かです。
ですから、私たちは若い人たちを見て、かつての自分を思い起こしてその若さをうらやましく思うのでしょう。
でも、若さがなくなった分、たくわえられたはずの「何か」があるとは言えないでしょうか?
そして、それはすべて若さに劣るものなのでしょうか?
これから結婚するような若者に向かって、
「ここまで来てごらん。つらいことや苦しいことは山ほどあるけれど、今のあなたたちには、 まだまだ味わえないような本当の喜びが味わえるよ」
と言いたいものです。
「若いものには負けない」という 気概きがいを持つことは大切です。
けれども、「若いものに負けないぐらい若い」と単に身体や能力を誇るよりも、若さでは経験できない老いや病の苦しみから得た何か、 ただ苦しさからのがれるだけではない、辛さの中から得た人生の喜びのようなものを伝えることこそ、 大人に課せられたことではないでしょうか?
「俺の若いときはな・・・」
と過去の経験を誇ることではありません。
今の自分の喜びを伝えることです。
いつまでも、「今が一番」だと味わえるような人生こそ、理想とする人生と言えます。
飛び上がるような喜びはなくても、ただ苦しい辛いだけで終わらない、「生きていることは本当に尊い」と味わえるような喜びを伝えたいものです。
「老」には「上品に枯れた成熟した味」という意味もあるようです。
大人が単に若さをうらやむだけではなく、成熟した味を求めていくなら、若者が大人になることを こばんで「昔はよかった」などと言わないかもしれません。


※『ひらがな真宗』本願寺出版社 定価:\756(本体\700+税) 電話 075-371-4171

最近、「仏教の言葉がむずかしい」「漢字が多くてどうも」という若い方の声や、「高校生や中学生にもわかりやすく真宗のご法話をしたいが」 という年輩方の声をよく耳にします。
※本書は、『ひらがな真宗』の題が示すとおり、まさにその声にこたえるべき待ち望まれていた書です。
名号みょうごう」 「本願ほんがん」 「浄土じょうど」 「他力たりき」といった真宗の用語を、その用語のしめす雰囲気でわかったつもりで使うのでなく、 専門的な言葉を使わずに説明したり、ご法話するすることは簡単なことではありません。
また、せっかくわかりやすくと思っても、やさしい言い回しにとらわれすぎて、真宗の教えの真意がうすれてしまっては意味がありません。
その点でも本書は、実にすぐれた書であるといえます。
若い方にもわかりやすく、日常生活の中の身近な話題をピックアップしていて、肩の力を抜いて読むことができます。
それでいて温もりのある、心にひびく文章には、こども会を続けてこられた森田氏【森田 真円氏】のお人柄があふれているような気がします。
 一九九九年十二月   
  東光 爾英 【『ひらがな真宗』「はじめに」より抜粋】

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