☆☆ 法 話 ☆☆
 
【 私の如是我聞 】

                   
第36回 親しい人とお別れして更新 平成26年8月


 長年、ともに親しく過ごしてきた人とお別れになって、 遺族いぞくの方々におかれましては、 今、どうしようもない悲しみの中に、おられることと思います。
 お釈迦さまは、ご臨終りんじゅうにあたって、 泣いているお弟子の阿難尊者あなんそんじゃに 「阿難よ、嘆くな、悲しむな。すべて愛するものから、離れなければならないと、私はいつも説いたではないか」と、 「愛別離苦あいべつりく」のことわりを、さとされたといいます。
 蓮如上人は、このきびしい《無常むじょう》と呼ばれる現実を、 「あしたには 紅顔こうがんありて、 ゆうべには 白骨はっこつとなれる なり」
    (『御文章』・『注釈版聖典』1203頁)
とお示しになりました。
 私たちは、日ごろは他人ごととしてしか思っていなかった、死というこのきびしい現実から、私もまた、 まぬがれることができないものであること、そして形あるものはすべてたよりにならず、別れていかなければならないことを 知らされました。
 これは亡き人が、私たちに身をもって示してくださった、最後の教えです。
無常であり、限りある、このありがたい「いのち」を、《大切に生きよ》と、いのちかけて、おさとしくださっています。
 親鸞聖人は、私たちが、このかけがえのない「いのち」を大切に生きる道は、阿弥陀如来の願いである本願を信じ、 お念仏をよろこばせていだき、やがてはお浄土に往生し、仏さまとなることであると教えてくださいました。
蓮如上人も、「たれのひともはやく 後生ごしょう一大事いちだいじこころにかけて、 阿弥陀仏あみだぶつをふかくたのみまいらせて、 念仏申ねんぶつもうすべきものなり」と、
    (『御文章』・『注釈版聖典』1204頁)
親しい人の死にあって、悲しむ私たちが、向かうべき方向を示しておられます。
 幸いにも、同じお念仏を申す私たちは、同じお浄土でふたたび会うことが約束されています。
亡き人が、死をもって教えてくださったお浄土への道を、私たちもまたお念仏とともに、歩ませていただきましょう。
それは、亡き人と別れた悲しみを越える、最も確かな道ではないでしょうか。
 では最後に、ご一緒にお念仏申しましょう。南無阿弥陀仏・・・・。

※『朗読法話集(第一集)』(本願寺出版社 1,300円 電話 075-371-4171)
読経だけでなく、少しでも、み教えを味わっていただけるようにとの願いから、本願寺から刊行されました。
※本書は「仏の教え」「浄土真宗の教え」「特別法話」「荘厳・仏事・作法」の四種類に分類しています。一つの法話で ひとつの内容を味わっていただけるよう編集されています。
※ご法座の最後は、「では最後にご一緒にお念仏申しましょう」といって、一同がお念仏を申しながら、 合掌礼拝して終了します。


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