☆☆ 法 話 ☆☆
 
【 私の如是我聞 】

第27回 念仏の生活 更新 平成25年11月

 お念仏をとなえるということは、お念仏を聞かせていただくことです。
お念仏を聞かせていただくというのは、実は「南無阿弥陀仏」というみ名にこめられている、如来さまの 智慧ちえ慈悲じひこそ、私の人生のまことの拠りどころである ということに、気づかせていただくということです。
そしてそれを基として、ほんとうの自分の姿を知らされ、正しい方向に導かれていくことが、 「お念仏を申す生活」だといえましょう。
 お念仏をとなえたら、願いごとがかなったり、お金がもうかるというのではありません。
自分本位にしか生きられない、罪深い私でありましたと 慚愧ざんぎしつつ、少しでも如来さまのみこころにそいたいと つとめる生活が、お念仏をとおして開かれるのです。
 自分本位の心をもった愚かな私どもが、共に手をとって、生きるにはどうしたらいいのか、お互いが心と心を 通わせて生きるには、どういう心がけが必要であるかということも、教えを聞き、お念仏申す中から、知らせていただくのです。
 お念仏さえとなえておれば、どんな悪いことをしてもいいというような考え方を 邪見じゃけんといいます。
私自身が、いかに罪深い人間であるかということを知らされることによって、さらに悪を犯さないように、できるかぎり 身をつつしみ、互いにいたわりあいながら生きようと努めるようになります。
それによって互いに、さらに充実した日々をおくらせていただけるようになるのです。
願いごとがかなったり、病気が治ったりすることを宣伝する宗教が多い中で、お念仏というまことの道を、心豊かに 生き抜かれた親鸞聖人のみ教えを、間違いなく聞かせていただき、私どもの人生の指針とさせていただかなければなりません。

 では最後に、ご一緒にお念仏申しましょう。南無阿弥陀仏・・・・。

※『朗読法話集(第一集)』(本願寺出版社 1,300円 電話 075-371-4171)
読経だけでなく、少しでも、み教えを味わっていただけるようにとの願いから、本願寺から刊行されました。
※本書は「仏の教え」「浄土真宗の教え」「特別法話」「荘厳・仏事・作法」の四種類に分類しています。一つの法話で ひとつの内容を味わっていただけるよう編集されています。
※ご法座の最後は、「では最後にご一緒にお念仏申しましょう」といって、一同がお念仏を申しながら、 合掌礼拝して終了します。


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