☆☆ 法 話 ☆☆
 
【 私の如是我聞 】

第25回 信心正因のおすすめ 更新 平成25年9月

 親鸞聖人のみ教えの一番大切な点は、どのような罪深いものも、阿弥陀如来さまのご本願を信ずれば、 即座にお救いにあずかるという信心正因のいわれを、明らかにしてくださったことです。
 本願を信ずるということは、阿弥陀如来さまが
「わたしをたのみ、わたしの名をとなえなさい、 そなたがこの世に生きているかぎりは護りつづけ、いのちが終われば浄土に迎えとって、清らかな さとりの身にしてあげましょう。」
と誓われたみ言葉を、疑いなく聞きいれて、阿弥陀如来さまのおはからいにおまかせすることを いうのです。
そのことを親鸞聖人は
信心しんじんは、 如来のおんちかひをききて うたがふこころのなきなり」
        【『一念多念証文』・『注釈版聖典』六七八頁】
また聖人しょうにん信心しんじんを、日本語で「たのむ」と いいあらわしておられます。
信心には、信頼しんらいとか 信憑しんぴょうという 熟語じゅくごがありますように、
うそ・いつわりのない言葉に対して、「よりかかり」「よりたのみ」「まかせる」という 意味があるからです。
「たのむ」というのは、「たより」にし、「まかせる」ということです。
今日では、「たのむ」を、「い 願う」という意味で使うことがありますが、親鸞聖人や蓮如上人のころは、「お願いする」という意味で 「たのむ」という言葉を使われたことはありません。
必ず「力としてよりかかり、まかせる」という意味で使われていました。
 そこで阿弥陀如来さまの本願に「われをたのめ、必ず救う」と仰せられているのは、そなたの罪も、 さわりも、生も、死も、すべて私にまかせなさい、必ず救ってあげますと仰せられているのです。
そのみ言葉のままに、如来さまにおまかせするとき、即座にお救いにあずかるわけで、親鸞聖人は そのことを
信心しんじん さだまるとき 往生おうじょうまた さだまるなり」と仰せられたのです。
      【『親鸞聖人御消息』・『注釈版聖典』七三五頁】
 このように、信心一つでお救いにあずかることを 信心しんじん 正因しょういんといい、 そのうえでみ名をとなえているのは、「たすけてくださってありがとうございます」と、 お礼を申しあげていることですから、これを 仏恩報謝ぶっとんほうしゃの 念仏と仰せられたのです。

 では最後に、ご一緒にお念仏申しましょう。南無阿弥陀仏・・・・。

※『朗読法話集(第一集)』(本願寺出版社 1,300円 電話 075-371-4171)
読経だけでなく、少しでも、み教えを味わっていただけるようにとの願いから、本願寺から刊行されました。
※本書は「仏の教え」「浄土真宗の教え」「特別法話」「荘厳・仏事・作法」の四種類に分類しています。一つの法話で ひとつの内容を味わっていただけるよう編集されています。
※ご法座の最後は、「では最後にご一緒にお念仏申しましょう」といって、一同がお念仏を申しながら、 合掌礼拝して終了します。


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