☆☆ 法 話 ☆☆
 
【 私の如是我聞 】

第19回 み仏は共に悲しみたもう 更新 平成25年3月

さびしいとき、悲しいとき、阿弥陀さまの前にすわって、
南無阿弥陀仏なもあみだぶつ」と名前を 呼びましょう。きっとこの悲しみをわかってくださいます。
うれしいとき、そのことをご報告いたしましょう。きっと「よかったね」と、よろこんでくださいます。
阿弥陀さまはいつでも、あなたとご一緒です。手を合わせて、
「南無阿弥陀仏」と、仏さまのお名前を 呼ぶとき、あなたのそばにきて、語りかけてくださいます。淋しいあなたのそばにいてくださいます。 悲しいときはなぐさめ、ともに心を痛めてくださっています。
このような、阿弥陀さまのおこころを 「同体どうたい慈悲じひ」 といいます。人々の悲しみをわがこととして悲しみ、人々のよろこびをともによろこんでくださるからです。 だれも、私の悲しみをわかってくれないときでも、阿弥陀さまだけは、わかってくださいます。
こうしたおこころから、阿弥陀さまは、迷いの中にいる私たちをかならず浄土に救いとると 誓われたのでした。 お念仏は、この誓いによって、私たちを救いとるため、完成してくださった救いの道です。
ですから、お念仏は、阿弥陀さまの大慈悲の結晶であるといえましょう。 こうした「同体の慈悲」を仰いで念仏する人は、み仏の限りないお慈悲の光につつまれているのです。
この世を生きぬくということは、決してたやすいことではありません。しかし、阿弥陀さまの 光につつまれ、おまもりいただいていると、 お聞かせにあずかるならば、深い安らぎと明るさをもって生きぬくことができるでしょう。

 では最後に、ご一緒にお念仏申しましょう。南無阿弥陀仏・・・・。

※『朗読法話集(第一集)』(本願寺出版社 1,300円 電話 075-371-4171)
読経だけでなく、少しでも、み教えを味わっていただけるようにとの願いから、本願寺から刊行されました。
※本書は「仏の教え」「浄土真宗の教え」「特別法話」「荘厳・仏事・作法」の四種類に分類しています。一つの法話で ひとつの内容を味わっていただけるよう編集されています。
※ご法座の最後は、「では最後にご一緒にお念仏申しましょう」といって、一同がお念仏を申しながら、 合掌礼拝して終了します。


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今生最後と思うべし 一このたびのこのご縁は 我一人の為と思うべし 一このたびのこのご縁は 初事と思うべし 一このたびのこのご縁は 聴聞の心得


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