☆☆ 法 話 ☆☆
 
【 私の如是我聞 】

                   
第108回 おのれを悪にむすぶことなかれ更新 2020年8月
          
 『おのれをあいすべきものと知らば 
  おのれを悪にむすぶことなかれ
  しき ごうをなす人びとには
  安楽あんらくは えがたきものなればなり』
         【『相応部そうおうぶ』】
         
 人のおもいは いずこへも ゆくことができます。
 けれども、どこへ ゆこうとも、人は自分より愛しいものを見出すことはできません。
 それでは、私たちは ほんとうに自分を愛すべきものとして 扱っているでしょうか。
 人を愛することはむずかしいと いいます。
 しかし、自分を正しく愛することも また難しいのではないでしょうか。
 私は、よく手紙などに書く 「ご自愛を念ず」という文句を興味深く思うのです。
 自分を大事にするというのは、このばあい、保身の術を講ずる ということではありません。
 自分に対して ほんとうに正しい態度をとるということです。
 私たちは どうかすると、わが身の可愛さに とらわれて、かえって自分のために ならないことをしています。
 それは、自分を ほんとうに愛すべきものと知らない ということでしょう。
 ソクラテスは、人が悪いことをするのは、それが悪いと知らないからだ、人は すすんで悪を なすものではない、といいました。
 そのままでは受け取りにくい言葉ですが、 それは こんな意味です。
 例えば、盗みの つみを犯しても 自分の欲望を満足する方がよいと判断したからだ というわけです。
 つまり、盗みということによって、私自身が どれほど そこなわれるか知らないからだというのです。
 これは一面の真理を いいあてています。
 人は しんに自分を愛することを知らないで、自分を悪に結びつけています。
 そして、「これぐらいのことは」と たかをくくっています。
 これを「邪見驕慢じゃけんきょうまん」と いうのです。
 そのときは うまいことをしたように思っていても、そういう人には決して ほんとうの 安定あんていはありません。
 人間は善においてしか 落ち着くことのできないように できているのです。
 


※『ひかりの言葉』 
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