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「報恩講法要」
『報恩講法要』について 
『報恩講法要』が、令和1年2019年11月20日【水】昼席・夜席~21日【木】昼席、光西寺にて、行われました。

講師 寺西 龍象師【真光寺】より、仏様の尊いみ教えを聞かせて頂きました。有難うございました。合掌


「皆様には、ようこそお参り下さいました。有り難うございました。
 御講師様には、尊い仏縁を頂きまして、有り難うございました。称名

 11月5日にお磨き【仏婦】【仏壮】をして頂き、清々しい中で、報恩講法要を迎えることが出来ました。

山木路子【仏婦会長】より、もみじ饅頭、光西寺仏婦から、ミカン等、その他、色々のお供えして頂きました。

 有難うございました。美味しいお弁当でした。

 䑓井邦明氏より沢山の里芋の寄贈をして頂き、11月21日午前に、仏教婦人会の皆様により、芋汁をつくっていただき、皆で美味しく戴きました。

 お陰様で、今年も充実した報恩講法要を無事に修了することが出来ました。深く感謝申し上げます。お疲れ様でした。合掌 」
この度、不思議なご縁で、9月、光西寺副住職の長上 朋史(おさがみ ともふみ)が、 長上 真希(おさがみ まき)さんと入籍(結婚)しました。
結婚式などは、来年に予定しております。
どうぞよろしくお願いいたします。称名

☆☆仏様の教え☆☆     【文責 住職】  

 法然上人は、その当時の修行を積んで悟りを開いていく、という仏教界の所行の教えに対して、「念仏一つで救われていくんだ。」とおっしゃったんですねぇ。
 お念仏といいますと、少し難しくなりますが、念仏と言ったら、皆さん何を思われますか?
 「なんまんだぶつ」と称えることでしょう。
 本来、念仏というのは、「仏を念ずる。」と書きますでしょう。
 仏の念じ方というものは、「なんまんだぶつ」と称える称名だけではないんです。
 実相念仏じっそうねんぶつというものがあります。
 実相じっそうというのは、仏様の真実の姿です。
 その姿を心に念ずるということです。これが出来ますか?
 親鸞聖人は仰っておられます。
 「真如法性しんにょほっしょうとは、色もなく、形もましまさず、 しかれば 心もおよばず 言葉もたえたり」
 私たち凡夫とは次元が違うんです。迷いの世界の者に、悟りの世界のものを受け取れよ、と言われても、それは無理です。
 私たちの人間の世界だけでも、お互いの気持ちが分からないのに、長年一緒に暮らしておっても相手の気持ちは分からないのにね。
 それが、如来さまの真実の姿、如来さまの真実の働き、それを受け止めよ、それを観よと言われても、それは無理です。
 「観相の念仏」というものもあります。「相」というのは、如来さまの働きです。
 如来さまのお姿を私たちは心に念じていく念仏の在り方であります。
 そして、「南無阿弥陀仏」と称える「称名念仏」があります。
 その当時は念仏の最勝のものは「実相念仏」だったのです。実相念仏こそが仏様を念ずる最高の行いだと言われていました。
 それに対して「なんまんだぶつ」と称えていく「称名念仏」は、最低の一番劣っていると言われていたのでした。
 ただ単に口に称えるだけですからね、、。
 法然上人は仰ったのですね。「称名念仏こそが最勝である。」と。何故なら、「仏様が選び取った念仏だから」です。
 これは、「大無量寿経」の中の「第十八願」に出てきます。
 よく「十八番」とか「オハコ」と言いますでしょう。
 歌を歌うのに、「十八番を歌う。」と言いますのは、ここから来ているのです。
 一番、最高のもの、ということです。
 「大無量寿経」の中に出てくる四十八の願いの中の十八番目の願いです。
 法蔵菩薩ほうぞうぼさつが 「罪悪深重ざいあくじんじゅう凡夫ぼんぶを救う。」と願いを建てられたのです。
 その願いが四十八願あります。十八番目の願が一番中心であります。
 第十八願文に次のように説かれています。
 「たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、至心信楽して、わが国に生ぜんと欲ひて、乃至十念せん。
  もし生ぜずは、正覚を取らじ。 ただ五逆と誹謗正法とをば除く。 」と。
 「わたしが仏になるとき、すべての人々が心から信じて、わたしの国に生れたいと願い、 わずか十回でも念仏して、もし生れることができないようなら、わたしは決してさとりを開きません。
ただし、五逆の罪を犯したり、仏の教えを謗そしるものだけは除かれます。 」という意味です。
 なんじ
 「わが国に生ぜんと欲ひて、乃至十念せん。」とあります。
 「乃至ないし」というのは、どういう時に使うかと言えば。
 数が定まらない時に使います。「一乃至十」と言ったら、「一から十までの間」という意味でしょう。
 「乃至十念せん。」と言ったら、お念仏を称えるのに、一回の念仏から十回の念仏まで、数を限ってないんですよ。
 もしかしたら、お念仏が出る前かも知れない。 ということは「数に限りがない。」ということが 「乃至ないし」ということです。     
 数で表されている者は何か?口に称える 「称名しょうみょうなんです。
 私の口をついて出てくる「なんまんだぶつ」その「なんまんだぶつ」を法蔵菩薩は選び取って、私たちに示して下さった念仏なんです。
 それが「称名しょうみょう」なんです。
 如来さまが選び取って下さったお念仏だからこそ、法然上人は「念仏一つで必ず救われる。如来さまが選び取って下さった働きだから。」
 親鸞聖人様は、それを 「信心正因しんじんしょういん」と仰った。
 皆さんは、こんな経験はないですか?何か他人にものを言って、相手が機嫌が悪くなった。
 その時に、「すいません。私は心にもないことを言ってしまいました。」と相手に言ったりしたことはないですか?
 でも、これは嘘ですよ。心の中にないことは決して口に出てきません。
 心にもないことは絶対に口には出てきません。しかし心に思っていても、私達は「これを言っては具合が悪くなるかもしれないなあ。」と思ったら、 そういう理性が働きますから、「言わない方がいいだろう。」ということになるのです。
 試しに、同じ考え方を持っている方々がですね、誰れかが、最初に、誰かの批判をするじゃないですか。
 すると、「そうよ、そうよ、私もそう思っていたのよ。あなたもそう思っていたのか。」と、その人の悪口言いながら、話すことはないですか?
 如何ですか? 「私もそう思っていた。」何かきっかけがあればね、私の口をついて出てくるのですよ。
 私の口をついて出てくるということは、肚の中にある、ということです。そうでしょう?
 如来さまのお名前、「なんまんだぶつ」、「南無阿弥陀仏」の「名号」が、私の口をついて出てくるということが、 「「称名念仏しょうみょうねんぶつ」であるならば、既に如来さまが、私の肚の中に 至り届いて下さっている、ということです。
 私たちは、自分の思いで、中々「なんまんだぶつ」は出て来ないです。
 

食事のことば 

食事のことば【解説】  


 ☆夜席の法座は、外ではなく、静かに自己の内面を見つめ、
 目に見えませんが、仏様に遇わせて頂いているという感じがします。
 どなたでも、どうぞご遠慮なく、夜席の法座にもお参り下さいませ。
 一日の営みを終え、静かに、共に仏様の命に遇わせて頂きませんか。

☆梵鐘【ぼんしょう】の用語解説→梵鐘【ぼんしょう】は「集会鐘(しゅうえしょう)」ともいい、法要や儀式を開始するに先立って、大衆が参集する合図として 三十分または一時間前に撞く。打数は十打とし、各間隔をゆっくりあけ、余韻がかすかになってから次を撞き、 最後の二打は少し間隔を早めて撞く。梵鐘は、法要や儀式以外(朝夕の時報など)に撞く場合もある。
☆喚鐘【かんしょう】の用語解説→ 勤行(ごんぎょう)や法会(ほうえ)などの開始を報じる小形の梵鐘(ぼんしょう)。半鐘。
 喚鐘は「行事鐘(ぎょうじしょう)」ともいい、法要や儀式の開始を知らせる合図として打つ。

打ち方は、適当な間隔で七打してから、打ち上げて打ち下し、次に五打してから再び打ち上げて打ち下し、最後に三打する(三打のうち第二打は小さく打つ)。



 行事の模様を、写真で紹介します。

『報恩講法要』御講師
寺西 龍象師 
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『報恩講法要』
寺西 龍象師 
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『報恩講法要』
帳場『受付』 
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『報恩講法要』 
11/20昼席 
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『報恩講法要』
11/20昼席       
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『報恩講法要』
11/20昼席  
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『報恩講法要』
「帳場」【受付】     
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『報恩講法要』 
11/20昼席 ティータイム    
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『報恩講法要』
11/20昼席 ティータイム 
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『報恩講法要』 
11/20昼席 「教章」斉唱 
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『報恩講法要』
11/20昼席 
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『報恩講法要』
11/20昼席  
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『報恩講法要』
11/20 御講師部屋にて  
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『報恩講法要』 
11/20 御講師部屋にて 
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『報恩講法要』
11/20 静かな夜席       
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『報恩講法要』
11/20 静かな夜席      
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『報恩講法要』
11/20夜「恩徳讃」斉唱      
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『報恩講法要』
11/21AM「里芋」調理
里芋・䑓井邦明氏・寄贈     
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『報恩講法要』
11/21AM「里芋」調理
里芋・䑓井邦明氏・寄贈      
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『報恩講法要』
11/21AM「里芋」調理
里芋・䑓井邦明氏・寄贈     
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『報恩講法要』
11/21AM「里芋」調理     
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『報恩講法要』
11/21AM「里芋」調理       
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『報恩講法要』
11/21AM「里芋」調理 
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『報恩講法要』
11/21AM「里芋」調理     
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『報恩講法要』
11/21AM「里芋」調理      
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『報恩講法要』
11/21昼席      
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『報恩講法要』
11/21昼席    
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『報恩講法要』 
11/21昼席     
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『報恩講法要』
11/21昼席
山木靖雄 総代長      
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『報恩講法要』
11/21昼席       
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『報恩講法要』
11/21昼席
蓮照寺 ご住職        
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『報恩講法要』 御講師
寺西 龍象師    
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『報恩講法要』
11/21昼席 
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『報恩講法要』 
11/21昼席 
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『報恩講法要』
11/21昼席       
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『報恩講法要』御講師
寺西 龍象師  
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『報恩講法要』
「教章」斉唱    
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『報恩講法要』 
11/21昼席
「お斎」準備     
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『報恩講法要』
11/21昼席
山木靖雄【総代長】挨拶  
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『報恩講法要』 
11/21昼席
梶山正光【仏壮会長】 
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『報恩講法要』
長上朋史・真希 
挨拶 
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『報恩講法要』
11/21昼席
長上真希 挨拶  
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『報恩講法要』
11/21昼席
長上真希 挨拶   
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『報恩講法要』 
11/21昼席
長上朋史・真希 
挨拶  
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『報恩講法要』
11/21昼席
「食事の言葉」       
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『報恩講法要』
11/21昼席「お斎」      
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『報恩講法要』
11/21昼席「お斎」    
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『報恩講法要』
11/21昼席「お斎」  
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『報恩講法要』
11/21昼席「お斎」      
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『報恩講法要』
11/21昼席「お斎」   
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『報恩講法要』
11/21昼席「お斎」 
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『報恩講法要』
11/21昼席
「食事の言葉」 
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『報恩講法要』
11/21昼席   
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『報恩講法要』 
11/21昼席  
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『報恩講法要』
11/21昼席      
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『報恩講法要』
11/21昼席      
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『報恩講法要』
11/21昼席   
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